「コスモス、ヤナギラン……ヒガンバナ。サルスベリにベルガモットに、あれはえっと……ポリジ?」
振り向いて訊ねるこなたに、そうじろうさんはうなずいた。
お寺に向かう道の周りには、自然のままの野原が広がっているのだった。
未舗装の、土のままの道を歩くのは久しぶりだ。踏みしめた足に返ってくる柔らかい感触に、ふと懐かしさを覚える。
鷹宮や糟日部にもまだ自然はそれなりに残っているけれど。こんな風に“空き地”ではなくて“野原”だと思えるところは、もうそんなに多くはないのだった。
誰かが手入れしているというわけでもないだろうけれど、それでも野原には色とりどりの花が咲き乱れている。
秋にもこんなにたくさんの花が咲くんだな。そんなことを考える。
「……ノコンギク? ううーん、トリカブト?……あ、ワレモコウ!」
咲いている花を指さしては名前を呼んでいくこなただった。最初のうちは順調だったけれど、マイナーな花に及んでいくにつれ、段々自信なさげに語尾が上がるようになっていた。それでもガーデニングをやっているだけあって、こなたは私がみたこともない花の名前を云い当てていく。それが本当に正しいのかどうかはわからないけれど。
――花の名を、私は知らない。
元素の原子番号と原子量なら知っているけれど、花の名前はよく知らない。
経済学と社会学ならわかるけれど、ワレモコウがどういう漢字なのかはわからない。その名に篭められた意味も。
きっとみゆきなら、そんなことも全部知っているのだろうなと思う。あいつは何も切り捨てずに全てを識ろうとすることができる、そんな人間だ。
「吾亦紅って書くんだな、面白いだろ」
ワレモコウを漢字でどう書くか、訊ねたらそうじろうさんが教えてくれた。吾は私で、亦は“また再び”という意味だ。
――年が巡り、花を咲かせた私は再び紅色に染まる。そういう意味だろう。
花の視点から“吾”と名前をつけた昔の人の感覚に、感心する思いだった。
「すぐ真っ赤になる、かがみみたいな花だよね」
こなたが笑いながら余計なことを云った。
一歩一歩、目的地に近づいてきている。
そこのからたちの茂みを曲がれば、お墓はもうすぐそこなのだそうだ。
唐突に始まった私のこの旅も、終わりが近づいてきている。
朝目覚めると、目の前にこなたの顔があった。
いつかみたいに口元に手をあてて、ぷくくと悪戯っぽく笑っていた。
「おはよーかがみん。ぬふふ、可愛い寝顔だったよ」
そんないつもの軽口にも、私は咄嗟に反応することができなかった。
――眠い。
眼がしょぼしょぼする。口の中が乾いていて、麻痺したように言葉がでてこない。全身に広がる脱力感に、手足を動かすことすら億劫に感じていた。
ひたすらに、眠い。
寝ぼけ眼で時計を見上げると、どうやら二時間半しか寝られていないようだった。こんなことなら中途半端に寝ないで起きていればよかった。閉じようとするまぶたと格闘しながらそう思う。
「ど、どったのかがみ。もしかして寝られなかった?」
「……あんたのいびきがうるさくって……」
うつらうつらとしながら口を開くと、かすれたような声が出た。
「ふぉ! まじですかっ」
顔を赤らめて恥らうこなたを眺めているうちに、少しずつ頭が覚醒していく。「冗談よ」と笑って伸びをすると、口から大きなあくびが飛びだした。
「え、えと、ほんとだよね? わたし、いびきなんてかいてないよね?」
ベッドの上にぺたんと座って、上目遣いで見上げるこなただった。
「あ、うん。ってかなによ今更? いびきを気にするなんてあんたらしくないわね?」
「い、いや〜……。なんていうか、自分の意識がないときに自分が何してるかって、妙に気にならない?」
「あー、まあ、そうかもなー」
顔でも洗ってこよう。そのつもりで立ち上がった私は、けれどふと思い立って、窓の方に足を向けた。
カーテンを引くと、外はまばゆいばかりの光に満たされていた。まだ水平線から昇ったばかりの朝陽が海原を白く染め上げている。強い陽射しが寝不足の眼に突き刺さるように痛かった。「うおっ、まぶしっ」と後ろでこなたが呟いた。どうせまたなにかのアニメネタなのだろう。
「うーん、いい天気ねー」
そう云って、もう一度大きく伸びをする。
ばきばきと身体が音を立てて、眩暈がするほど気持ちがよかった。
「……かがみ?」
不思議そうに訊ねるこなたの声がする。
「――ん?」
「いや、なんていうか……なんかあった?」
「なにかって?」
「んー、昨日わたしが寝てるときに、なんかあった? ほら、寝不足みたいだし」
「……なにもないわよ。そんな夜中になにかあるわけないでしょ」
「そっか。そうだよね、ごめん、なんでもないや」
こなたはごそごそと手持ちの旅行鞄を漁り、タオルやら着替えやらを引っ張り出している。私が眺めているうちに、「先に顔洗ってくるね」と云ってパウダールームに向かっていった。
扉の向こうに消えていくこなたの青い髪を見守りながら、私は不思議な満足感に満たされていた。
身体は寝不足の気怠さに包まれていたけれど、なんだか少しだけ心が軽くなったような気がしていたのだった。
それはどこにでもある、なんの変哲もないお墓だった。
墓地にある他のお墓とあまり違うところはない。
ただ一つ、墓石に刻まれた“泉家之墓”という文字だけが、私にとってそのお墓を特別なものにしているのだった。刺さった卒塔婆は未だ白木の生々しさを残していて、今でもしっかりと手入れをされているのがよくわかる。
枯れた献花や線香の燃えかすなどを掃除して、こなたと一緒にお墓を綺麗にしていった。小父さんは、お寺にひしゃくと桶を借りにいっている。
真新しい卒塔婆のことを訊ねると、やはりそれはお盆に帰省したときにこなた達が立て直したものらしかった。
「夏にくるとね、アマガエルが沢山いるんだよ」
さっとお墓の天辺を払って、こなたがそう云った。
「お寺の裏に池があってね、そこに住んでるの。お墓の上に乗ってて半分黒くなってるやつとか、いるんだよー」
眼を細めて満足気な表情をしているけれど。
こんなときにそんな顔をされてしまっても、困る。今後こなたのこの顔をみても、今までみたいに単純に“こいつは今幸せなんだ”と思えなくなってしまう。
戻ってきた小父さんと一緒にお墓を掃除しながらも、こなたのお喋りは止まらなかった。
「アマガエルってさ、あんなにコロコロ身体の色変えて、元の自分が誰だかわかんなくなったりしないのかな?」
「そうね、どうなのかしらね」
答えながら、私は預かっていた包みを開けて花束を取り出した。それは菊だった。埼玉の泉家にかなたさんが残した庭で育てられた菊だった。
「自分がアマガエルってことを隠したいのかな。周りに憧れてて、一緒になりたいのかな」
「そうね、そうかもしれないわね」
「石みたいに、土みたいに、草みたいになりたいって、思ってるのかもね?」
「――なぁ」
聞いていられなくなって、私はつい強い口調で遮った。
「……ん?」
「それ、アマガエルの話なんだよな?」
「……当たり前じゃん。どったのかがみ?」
ちらと振り返って私をみつめるこなたは、いつものニヤニヤ顔だったけれど。その青竹色をした瞳の中には、常と違う感情がゆらめいているように私は感じていた。
みると、そうじろうさんも優しい眼差しでこなたのことをみつめている。
この人は今、なにを思っているのだろう。こなたのことさえ私にはわからないのに、小父さんのことなんて余計にわからなかった。この世はわからないことだらけだ。そして、上手くいかないことばかりだった。
花入れの水を入れ替えて、持ってきた花束を差し込む。花入れは左右に一つずつあったけれど、片方のものに全部の花を入れた。
線香を三つに分けて、それぞれの手に持つ。
こなたが火をつけようとライターを持って近づいてきたとき、私は顔を近づけて小声で云った。
「アマガエルが綺麗な緑色をしてるってこと、私が――私たちが知ってるよ。それじゃだめか?」
「んーん。だめじゃないよ。別にアマガエルなんてどうでもいいし」
おい。じゃあなんなんだ、さっきの会話は。そう思ったけれど、そんな空気の読めない突っ込みをするほど私は無粋じゃない。
最初にそうじろうさん、次にこなた。最後に私。
黙祷をしながら、思う。
もし今、この高い空の果てから、或いはこの墓地が見下ろす日本海のその先、西方浄土からかなたさんがみつめていたとしたら、一体私のことを誰だと思うだろう。そう思うと、人と人との関わりの不思議さについて考えざるを得なかった。
――ありがとう。
眼をあけた時、誰かが囁く声が聞こえた気がした。
それを云ったのがこなただったのか。
小父さんだったのか。
かなたさんだったのか。
それは、いつまで経ってもわからなかった。
「ね、ちょっと海岸歩かない?」
こなたの提案に、私は一も二もなくうなずいた。
波打ち際を歩く私たちの髪を、吹きつける潮風が揺らしている。波が打ち寄せれば砂浜が水を吸って黒く染まり、引けばまた白い砂に戻る。そんなやりとりを、この海は一体何億年前から繰りかえしているのだろう。
沖から吹く風は日本海の冷気を吸って冷たかった。まるでよくある“極寒の日本海”のイメージ通りだと、私は思った。
足を踏みおろす度、足下の砂がきゅっきゅっと音を立てて鳴きたてる。ちょっとだけ背筋を丸めながら、私たちは砂浜に足跡を残して歩いていく。
晩秋の浜辺を、こなたと一緒に歩いていく。
「あんたは、ご住職に挨拶しなくていいの?」
「うん。あのお寺の住職さん、お父さんとお母さんの同級生なんだ。つもる話も、あるだろうからね」
「へえ、珍しく殊勝な心がけじゃないの」
私がそう云ってちゃかすと、こなたは“むふー”だか“にゃふー”だかわからないうなり声を上げて、猫みたいに眼を細めた。
ざ、ざーと、波の音が聞こえてくる。
そういえば昨日この町にきたときは、やたらと波音が耳について離れなかったな。そんなことを思い出していた。
「この町にくると、みんなお母さんのこと知ってるけどさ。わたしだけ知らないんだよね、お母さんのこと」。」
ぽつりと、沈黙を埋めるようにこなたが呟いた。
「……それが、小父さんと住職さんと話したくない、本当の理由?」
「ん、ホントのってわけじゃないよ。そんなことも考えちゃうってこと」
風に暴れる髪をまとめようと、悪戦苦闘しながらこなたが答える。癖のないこなたの髪は風が吹く度にするするとなびいてしまって、ともすれば上半身を全て覆い隠してしまいそうにもなる。
「あははっ、こなた凄いなそれ、なんかの妖怪みたいだぞ!」
「むー。妖怪を馬鹿にするな!」
「妖怪の方は馬鹿になんてしてねーよ」
そんな風に突っ込みながら自分のリボンを外すと、こなたの暴れる髪を抑えつけて根元から縛る。
「……あ。ありがと」
もう片方のリボンも外して、私もこなたと同じように後頭部で一本に縛りなおした。
「あんた、髪切るつもりはないの?」
「ないよぉ。……わかってる癖に」
わかってる。それも全部わかってる。
それは去年の秋、こなたの部屋でかなたさんの写真をみたときからわかっていた。ずっと無精しているだけだと思っていたこなたの長髪は、かなたさんと同じくらいの長さに保たれていたのだと。
「――あのさ」
「うん?」
「みんながお母さんのこと知ってるっていうけどさ。自分だけ知らないって云うけどさ。やっぱりかなたさんに一番身近なのはあんただと思うわよ」
「……え?」
私を見上げてきょとんとした顔をするこなた。
その瞳は、迷子になった幼子のようにゆれている。
だから私はこなたを捕まえるようにして、しっかりと肩を掴んで言葉を継いでいった。
「この身体に、ちゃんとかなたさんの遺伝子が残ってるじゃないの。かなたさんが生きた証を、受け継いでるじゃないの。……それ以外は、あんたのこの身体以外は、もう、全部、ただの思い出でしかないんだよ……」
そう云って、小さな身体をぎゅっと抱きしめた。
お母さんが子供を抱くみたいに。
友達が傷ついた友達を抱きしめるみたいに。
劣情を隠して、ぎゅっと。
少しだけ高い体温。柔らかな肌。
それが、不思議と厭じゃなかった。
なぜだか、悲しくならなかった。
それはもしかしたら、そうじろうさんの想いに触れて、かなたさんとのつながりを知って、人を愛するための様々な方法を学べたからかもしれない。そんな風に思った。
「――かがみ」
腕の中で、ぽつりとこなたが呟いた。
「ん?」
「好きだよ、かがみ」
一瞬、心臓が止まりそうになる。
こなたが私の胸に顔をうずめているのは幸いだ。
驚きに眼を見開いた私の顔をみられずにすむから。
それはずっとずっと聞きたかった言葉だった。
そして、絶対に聞きたくない言葉でもあった。
止まりかけた心臓が動き出したと思ったら、今度は今にも張り裂けそうに暴れ出す。
大丈夫。私は間違っていない。
大丈夫。勘違いもしていない。
今こんなに動揺しているのは、ただ吃驚しただけなので。ただ抱きしめた身体が、余りにも暖かいからなので。
だから私は深呼吸を一つして、冷静な気持ちで答えることができた。
「――私も、あんたのこと好きよ」
それを聞いたこなたが、胸から顔を上げて私をみつめてくる。
「……なんだ、あんまり顔赤くなってないね。残念」
「そりゃね。大体今更なにが“好きだよ”なんだか。そんなこと前からわかってるっつーのよ」
「えー。でもそういうのを改めて云われると照れるのが、かがみクオリティじゃない?」
「知るか!」
「むふー。照れてる照れてる」
そう云って眼を細めたこなたは、再び私の胸に顔をうずめると、満ち足りたようにため息を吐いた。
「――暖かいね、かがみは」
その言葉を聞いたとき、私は漸く気がついた。
私がすでに、こなたと私の間に広がっていた空隙を、飛び越えてしまっていたことを。
38万4,400km。その、月と地球の間ほど開いていた距離はもはやなくて。
私は、静かの海に佇んでいる私を見いだした。
荒涼とした晩秋の浜辺は、鈍色の単色に染まる月の平野にも似ていて、私たちの周りには“静か”が満ちている。
静かで、落ち着いて、そして涯てもない。
そんな愛情が満ちている。
その海は、恋情も熱情も嫉妬も戸惑いも、全部飲み込んでしまうから。
ただこの腕の中にいるこなたが単純に愛おしいと思うから。
性欲とか、独占欲とか、支配欲だとか、なんだかもうどうでもよくなってしまって。
――だから。
私の恋は、その日終わってしまったのだ。
「んじゃ、お父さん呼んでくるよ、ちょっと待ってて」
そう云い残して、こなたはお寺わきの住宅に入っていった。そこは集会所のようになっていて、法事や訓話があるときに檀家が集まれるようになっているのだそうだ。
私はなんとなく一人で辺りを見て回りたくなったから、一緒に行くのを断ってふらふらと周囲を歩きだした。
この場所を覚えておこう。野原に囲まれて佇ずむ、この墓地を忘れないようにしよう。いつか夏になって、お墓参りの日程が被らなければ、アマガエルを見にまたこなたとこよう。そんなことを思う。
――ふと。
かなたさんのお墓の方をみやると、そこに人影がいるのに気がついた。
黒羽二重と縞柄の袴。きっちりと喪服を着こなした老紳士と、黒無地に五つ紋を染め抜いた和服に、地紋のついた帯を合わせた老婦人。二人ともきりりと背筋が伸びていて、普段から和装を着慣れている印象を受ける。
その光景をみた瞬間、私の心臓がどきりと跳ねた。
そうだった。何かを忘れていると感じていたのだ。
どうしてそのときまで気づかなかったのだろう。自分のうかつさに、呆れるほかはなかった。
二人はなにかを小声で云い合っている風だったが、私がみているうちに何か話がこじれたのか、老紳士はステッキを荒く衝きながらどこかに去っていってしまった。
老婦人は一瞬頬に手を当てて嘆息を見せると、突然私の方を向いてふわりと笑いかけた。
その青竹色の瞳に、私は撃ち抜かれたように動けなくなる。
同じ眼だ。
あいつと、そしてかなたさんと。
これは同じ眼だ。
「――あの子の、お友達?」
小さいけれど張りがあって、不思議と通る声だった。
その眼差しに、白と青のまだらになったその髪に、子供みたいに小さな体躯に、私は、涙がでそうになってしまった。
「……は、はい! そうです、友達です」
慌てて云う私は、きっとみっともなく写っているだろう。けれど老婦人は、心から幸せそうに満面の笑みを浮かべてこう云った。
「ありがとう、安心したわ。あの子と、ずっと友達でいてくださいね」
会釈をして歩み去ろうとする老婦人の背中に、私は慌てて声をかける。
「あ、あの。あの子に会っていってくださらないんですか?」
その言葉にくるりと全身で振り向いて返事をする老婦人は、その所作の節々から育ちのよさが感じられた。私は“網元の娘”と云っていたくにおさんの言葉を思い出していた。
「ごめんなさい。……あの子やそうじろうさんに会うと、あの人が怒るのよ」
そういって困ったように笑った。
その言葉にほぞを噛む思いだった。くにおさんの、こなたの、そうじろうさんの態度から、予想できていたことだった。
それでも私はどうしてもそれを云いたかったのだ。子供っぽいわがままでしかないと知っていても。家と家の、背負ってきた伝統の重さの前では、私の感情なんて吹けば飛ぶようなどうでも良いものだとわかっていても。
「普段はあちらさんは夕方に来るはずだったのだけれど。今日は失敗してしまったわ。あの人もそれでもうかんかん」
私はうつむいてこみあげそうになった涙をこらえていた。私はなんて無力なのだろうと思う。
「――でも、それでよかったわ。久しぶりにあの子の顔がみられた。あなたにも会えた」
私は思わず顔を上げて問いかける。
「……あいつのこと、みてたんですか?」
「うふふ、見てたわよ。海岸で、あなたと一緒に――ね」
「……あ」
見られてた。あの場面を見られてた。
一体どこからどこまで見ていたのだろう。それを思うと顔が赤らむのを止められなかった。
「安心したというのは本当よ。あの子があんなに楽しそうに笑っているところ、初めてみることができたわ」
そう云って頬に手を当てる老婦人は本当に嬉しそうだった。
そうして、老婦人は去っていった。
――あの子のことを、よろしくお願いします。
その言葉だけを残して。
私みたいな若輩の小娘に、深々と頭を下げて。
その人は、去っていった。
「かがみー!」
聞こえてきた声にふりむけば、こなたが私に手を振りながら駆けてくるところだった。そのむこうにそうじろうさんも待っている。
私も手を振り返して、こなたの方に向かおうとする。
最後にちらりと、かなたさんのお墓を私は眺めた。
そのときに、気がついた。
――もう片方の花入れに。
どうして二つあるのに片方しか使わないのだろうと、疑問に思った花入れに。
満開に咲いた菊の花が、飾られているのだった。
(了)
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